第二章 チェリーボーイ

「よう。竹ちゃん。今日どう?」
大学の二限の講義が終わった瞬間、俺のPHSが鳴り出した。
「そうだな。・・・いくか。」
水曜日は午後も講義の予定がある。が、俺はそう答えていた。

 

いつもの待ち合わせ場所に行くと、すでにいつもの3人が俺を待っていた。

 

「おせーよ。竹ちゃん」
「悪い。ちょっとあの後、玲香から連絡があってさ」
俺は、開口一番、清水に謝ったが、別に悪いとはこれっぽっちも思っていない。
「何だよ。竹ちゃん。今日はこっちが先約だぜ」
「問題ないよ。デートは週末にってことで許してもらったよ」
他の2人はやれやれといった感じで、俺を見ていた。

 

4人で学食で飯を食っていると、隣の席から景気のいい声が聞こえてきた。
「いやぁ。昨日はすごかったよ。2000円で、45000円の換金だよ」
「まじで。何を打ったんだよ。俺は最近軍資金が無いから、打てないけど」
「あぁ。サンダーボルトだよ。フラッシュや告知音がやみつきだ」
「へぇ。あの台複雑そうなんだよな。俺はやっぱり、サーカスだな」
「あの、GOODランプが光れば、ボーナス確定のやつか」
「ああ、光ったときの感動がたまらないよ」

 

何をしゃべってるのか、内容はほとんど分からないが、
どうやらパチンコかスロットの話題らしい。
ただ、景気がいい話なのは、最初の一言で理解できた。

 

学食で昼食を食べ終わった後、俺達4人は、いつものように古ビルの中に吸い込まれた。
雀荘「国士無双」。
俺達4人が扉をくぐると、マスターが笑顔で迎えてくれた。
「おう。いらっしゃい。なんだぁ。またお前たちか」
「いきなり客に向かってその態度は問題ありじゃないの?」
苅谷は、マスターに対して遠慮なく不満をこぼす。
もちろん本心からではない。いつものコミュニケーションってやつだ。
「どうも。マスター。早速で悪いけど、ツメシボ4つ頼むね」
俺が頼むと、マスターは「あいよ」と言って奥の冷蔵庫に向かった。

 

注ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「ツメシボ」
麻雀用語で冷たいオシボリのことです。
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「ロン!!竹ちゃん。悪いけどそれは通らないよ」
だろうな。と俺は思った。自分も大物手をテンパイしていた。
この状態でこの局面捨てられるほど俺は人間できちゃいない。
ツモってきたのは、苅谷の大本命の「四萬」だ。
手に留めれば、せっかくのこの手を崩すことになる。

 

俺は苅谷に3900点の点棒を手渡すと、自分の手を開いた。
一通付のチンイツドラ3だ。「3倍満」という馬鹿でかい手だった。

 

「うわぁ。あぶねぇ。ナイスだよカリちゃん」
そういったのは俺の上家に座っている清水だ。
午後の講義があることを知っていながら、俺のPHSに連絡してきた張本人だ。

 

「竹がでかい手張っているのは、捨牌みりゃ分かるだろう」
確かに俺の捨牌は露骨過ぎた。筒子が一枚しか捨てられていないのだ。
「タツヤは相変わらず冷静に場をみてるな。」
俺はつぶやくと同時にタツヤの捨牌を見た。
局の終盤に来て明らかに俺を警戒して、筒子を全く捨てていない状態だった。
タツヤは俺達4人の中で一番の理論派。そして俺達セット麻雀のチャンプだ。
俺は今までタツヤが驚いたりしている所を一度も見たことが無い。
(出来ればこの手をタツヤから上がって驚かせたかった)
口には出さないが、俺は素直にそう思った。

 

「そういえばさ。」
次局、牌をツモリながら、清水が他の3人に話し始めた。
「さっき、学食で俺達の近くにいた奴らが話していたの聞いてた?」
「あぁ。何の話なんだ。あれ」
苅谷が質問した瞬間。タツヤが即答した。「パチスロだよ」
「パチスロかぁ。正直どうなんだろうなぁ。」
「一応忠告しとくが、手を出すと火傷じゃ済まされないぞ」
「へぇ。タツヤは経験済みかぁ」
タツヤは俺をちらりと見ると自嘲気味に呟いた。
「チェリーボーイだよ」

 

1週間後の同じ時間。またしてもPHSが鳴り出した。
(もう、水曜日の午後の講義は落としたな・・・)
俺はいつもの学食に向かうと、苅谷と清水がすでに席取りしていた。
「おう。竹ちゃん。こっちだ。」清水が手を振っている。
席に着くと二人は雑誌を見て盛り上がっていた。
「あれ?タツヤは?」俺が尋ねると、
「あぁ。タツヤは今日は急用でこれないって」
「なんだよ。じゃあセットの面子が揃わないじゃん」
二人はその雑誌から顔を上げて、俺にニヤリと笑いかけた。
言うに及ばず、パチスロ情報誌だった。

 

俺達3人は、ネオンがチカチカまぶしい「ゴッドドリーム」という
パチンコホールの前にいた。
「実はカリちゃんと昨日、ここでパチスロデビューを飾ったわけだ」
清水が答えると、すかさず苅谷が福沢諭吉を2枚取り出した。
「俺が22000円、ユウタが14000円の勝ちだ」
ユウタというのは清水の下の名だ。
「おい、パチンコ屋なんて●●●が経営しているんだろう。大丈夫なのか?」
俺が尋ねると、二人はほぼ同時に答えた「ノープロブレム」

 

「これが軍艦マーチか。」
俺の声は二人には届いていない。大音響が俺の耳をつんざく。
数秒後、二人は各々台を確保するために消えていた。
俺は何をすればいいのか分からず、その場で立ち尽くしていた。
数分後、マイクパフォーマンスが店内放送で流れる。
「313番台。313番台のお客様。おめでとうございます。
ビッグボーナスゲットです。その調子でジャンジャンバリバリ頑張ってください」

 

俺は313番台を探した。「あれか。」
そこには水商売風のお姉さまが、超ミニスカートで足を組んで、
咥えタバコをしながら、メダルを出し続けていた。
俺は出ているメダルよりもむしろお姉さまの足が気になった。
前方に回りこむとちょうど、斜め前方にベンチがあった。
そこに腰掛けて、お姉さんを見ると、ちょうどいい状態で視界に
お姉さんのミニスカートの奥が確認出来た。
(薄いピンクのレース。しかも毛が透けてやがる)
お姉さんはボーナス消化中で俺の存在など全く眼中に無い状態だ。

 

これぞ、まさにWin-Winの状態だ。
俺は5m先のこの光景を脳裏に焼き付けていた。
知らずに勃起していた。

 

不意に肩をたたかれ、俺は身がすくんだ。苅谷だった。
「竹ちゃん。こんなところで何やってんだよ」
「いや。まさかパチンコ屋に来るとは思わなかったから、金用意してないし。」
「そうだよな。確かにいきなりで悪かったなぁ」
苅谷はしばらく考えてたが、俺にいきなり諭吉一枚を差し出した。
「えっ?」
「貸してやる。別に利子なんか取らないから安心しろよ」
「いや。だけど・・・。正直やり方もわからないし」
「何だったら、俺の隣でやってみるか。いろいろ教えてやるけど」
「そっか。なら、カリちゃん悪いな。隣でやらせてもらうよ。あっ」
「どうした竹ちゃん」
「カリちゃんから金カリる。ププッ」
「いや。つまらねぇーし。」

 

「まずは、この諭吉を漱石に両替しよう。」
そういって、苅谷は指差した。
「あそこが両替機だ。竹ちゃん。まずは漱石10枚にしてきなよ」
言われたとおり、千円札10枚に両替してきた。俺を見て、
「そしたら、台の右横にあるサンドに漱石1枚入れてくれ」
「OK」
メダルが50枚出てきた。
「千円で50枚ってことは、1枚=20円ってことか」
「おっ。竹ちゃん。いきなりそこに気づくとは。なかなか鋭いなぁ」

 

「じゃぁ遊び方だけど、メダルは3枚投入するんだ。」
「なんで3枚なんだ?」
「さあな。多分抽選契機を増やすためだろうなぁ」
「ふーん(抽選??)。なるほど」
「3枚入れたら、レバーをたたく。そうすると、ほら、リールが回りだした」
「・・・」
「次に左から順番にストップボタンでリールを3つ止めるんだ」
「・・・」
「どうだ。わかったか?」
「いや。それは分かるけど、なんで適当にボタンを押すんだ。」
「適当でOKだ。」
「はぁ?」
「とにかく、この左下にある、GOODランプがつくまでこの作業の繰り返しだ」
「っていうか、いきなりついたんだけど・・・ランプ」
「えっ」
苅谷が俺の台を覗き込む。確かにGOODランプが光っている。
「まじかよ。竹ちゃん。1回転でボーナスじゃん。」
「???」
「よし。俺に任せろ。ここで777を狙うんだ!!・・・あれ?」
なかなか揃えられない姿を見て、一言つぶやく。
「ちょっと。俺やってみていいか?」
「竹ちゃんには無理だって」
「っていうかこの赤い「7」をタイミング良くボタンを押せばいいんだろう?」
タン・タン・タン
「えっ」
見事に一発で777を揃えた。
「ははは。タケちゃんに目押しの講義なんて…。カリちゃんには100年早いな。」
いつの間にか、清水が後ろにに立っていた。
「タケちゃんの動体視力は普通じゃないんだぜ。」
「やめろよユウタ。昔の話は・・・」

 

その瞬間。台からファンファーレが流れ出した。
そしてすかさず、例のマイクパフォーマンスだ。
「341番台。フィーーーーバー!!!。まだまだ行きますよ」
他の客の視線が一斉に俺と俺の台に注がれた。
「恥ずかしいな。でも・・・」
「気持ちいいんだろう」苅谷が言った。その通りだった。

 

ビッグボーナスを消化し終えた俺は、苅谷に再び質問した。
「カリちゃん。これで何枚くらい出たんだろう」
「そうだな。400枚ってとこか。」
「ってことは、8000円ってとこか」
「たまらんだろう」
「たまらんねぇ」
わずか3分ぐらいで、俺の一日のアルバイトの稼ぎを手に入れた。
俺の中ではここでやめても十分だった。

 

立ち上がってドル箱を取ろうとした俺を見て、苅谷が制止した。
「竹ちゃん。その台はまだクレジットが残っているぜ」
「おっと。確かに。」
クレジット内に50枚分のメダルがストックされているのだ。
「せめて、そのぐらいは打ってもいいと思うけど」
「そうだな。」
そして・・・3ゲーム後再び、GOODランプ降臨。
「カリちゃん。また光ったよ。コレ」
「おいおい。まじかよ・・・」

 

こうして、俺のパチスロデビューは最高の形で実現した。
1ゲームでビッグボーナスを引いた後、はまることもなく、
最終的には閉店時間まで打ち続けることになった。
トータル換金、68000円。
ほとんど、アルバイト1ヶ月分の給料を半日で手に入れたのだ。

 

換金所で特殊景品を金に換えて受け取った時、俺は身震いした。
快感と恐怖が交互に襲ってくるこの感情。
今まで経験したことない感情。
(世の中には俺が知らない事ばかりだ)

 

俺は苅谷と清水に飯を奢り、別れを告げたあと、
何度も後ろを振り向き、尾行されてないことを確認しながら
足早に帰路についた。

 

第三章 依存症