第十章 バースデー

「これなんか今人気の石ですが?」
「…」
「ご誕生日は10月ですか?」
「はい。」
「そういたしますと、誕生石はオパールですね。各色取り揃えておりますよ」

 

ここは、ある百貨店の宝石売場。
俺は、生まれて初めて一人で、宝石売場に足を踏み入れた。
やはり、敷居が高かった。
いざ、入ろうと思っても、決心がつかず、1時間半も売場前をぶらぶらするはめになった。
きっと防犯カメラでは怪しい男に認定されているだろう。

 

明日は玲香の誕生日だ。
中に入ると速攻店員さんが俺に話しかけて、話を始めてから1時間半が経とうとしていた。
「これで…お願いします。」
「ありがとうございます。かしこまりました。」
いきなり指輪というのも重い気がした。
というより俺は玲香のサイズを知らなかった。

 

手に入れたのはオパールがついたネックレスだ。
値段は6万8000円だ。
累計4時間以上も一つの買い物に集中した。生まれて初めてだ。
ぐったり疲れたが、心地よい達成感が俺を満たしていた。
あいつの喜ぶ顔だけ見れればよかった。

 

ふと、思い出した。そう6万8000円という今回のお買いもの。
…そういえばスロットで初めて換金した時も6万8000円だったな。
あの時の換金した不思議な感覚は未だに忘れられなかった。
今の6万8000円とあの時の6万8000円。
金銭的価値は全く一緒だが、手に入れた過程がまるで違っていた。
今は、ラーメン屋の店長に再び頭を下げて、再度アルバイトとして従事していた。
一か月分の給料だ。

 

ふと周りを見回すと、ラブホテルにパチンコのネオン。
夜の闇を引き裂く光がちかちか光っている。
今日の買い物分をスロットで取り返せるかもしれない。
そんな感覚に襲われた。
人は大事を成すと、全てがうまくいくという麻痺感覚が襲うものだ。

 

いやいや。今入ったら元の木阿弥だぞ。

 

何とか踏みとどまった。危なかった。
「玲香、タツヤすまない。でももう大丈夫だ。約束したもんな。」

 

俺は一息つきながら、ホールに背を向け、ネオン街を抜けて、ホテル街を歩き出した。
あまり一人で通りたくはないが、これが自宅への近道である。

 

玲香は自慢じゃないが、はたから見てもかなり美人だ。
男としては、やはり他のカップルを見た場合、自分の彼女と他人の彼女を無意識で比べる時がある。
俺が今まで見た中で、「あー負けた」と思わせたカップルの女は数人しかいない。
そんなつまらない考えを浮かべながら、俺はカップルを見る時がある。

 

ちょうど俺の前にも今からラブホテルに入りそうなカップルがいた。
俺の嫌な癖がうずきだした。
「こいつら。なかなかレベルが高そうだ」
後ろ姿だが、かなりの強敵だと思わせた。
「まぁしっかり頑張れよ…」
ホテルに入り込む瞬間。一瞬だがカップルの顔が見えた。
時が凍てついた瞬間だった。
「…うそだろ」
俺の手からバースデープレゼントが滑り落ちた。
空白…
…………
………
……

「…玲香。…タツヤ」

 

第十一章 終局