第五章 タツヤ

「タッちゃん。あなたは絶対手を出さないでね。」
「当たり前だよ、姉ちゃん。心配すんな」
姉と弟は、透明なアクリルの衝立に阻まれた暗い一室で、お互い向き合っていた。
面会時間はあと3分。
一か月ぶりの姉との対面。
姉の顔を見るたびに思う。復讐してやると…。

 

ドアのノックが鳴り、声をかけてきた。「時間だ」
「じゃあ。姉ちゃん。また来るよ」
「うん。タツヤ。ありがとう。…ごめんね」
姉の目が潤み、一筋の線となって頬に描かれた。
俺は顔を背けることなく姉をしっかり見つめ、黙ってうなずくと、その場を後にした。

 

外に出ると日差しが容赦なく、俺の顔を照り付ける。
まぶしさに目を細めながらもう一度建物を振り返る。刑務所…。
煙草を取り出し、火をつけると、帰路につきはじめた。

 

俺と姉のスズは10歳の年の差がある、非常に仲のいい姉弟だった。
3歳の時に母を亡くした俺にとって、姉であり母でもあった。
弟の俺が言うのもなんだけど、姉は器量もよく、何より世間一般から見て間違いなく美人だと思う。
俺が中学を卒業すると同時に姉は結婚した。
最悪のあいつと。
そしてあいつは俺の師匠だった。
そう。パチスロの…

 

旦那はギャンブル依存症だった。ありふれた話だ…。
競馬、競輪、競艇、麻雀、パチンコ、バカラ、チンチロリン。
日本でできるギャンブルというギャンブルに手を染め、特にパチスロに傾倒していた。
勝てる訳がない。あっという間に、姉夫婦は直下型人生に陥った。
金が底を尽きるぐらいなら正直自業自得だが、夫の腹いせは、姉のスズに向くことになった。
DV。虐待。家庭内暴力。
そもそも、母性本能が非常に発達している姉である。
相当な目にあったと思うが姉は自虐的に耐えることができた。

 

だが、ついに直下型人生においても最悪な事件が勃発した。

 

「おーい。スズ帰ったぞぉ」
珍しく夫は上機嫌だった。
今日はパチスロに勝ったんだろう。スズは思った。
「ひゃはは。笑いがとまらねえよ。」
「あなた。今日は勝ったの?」
「勝った?はぁてめえ。スズ今なんて言った?」
スズは瞬間的に「しまった」と思った。パチスロの結果をこちらから尋ねていい返答を貰ったためしがない。
その瞬間、目の前が一瞬火花が走ったかと思うと、頬に激痛が走った。
今まで様々なDVを受けてきた自分だが、顔だけは殴られたことがなかった。
きっと夫的にも世間体を気にしているのだろう。
その夫が容赦なく拳で殴りつけてきたのだ。

 

「ひゃはは。もう終わりなんだよ。俺もお前も。」
「あなた…」
奥歯が二本ぬけていた。うまく口が開かない。

 

「さっき、あのホールに火をつけてやった。ひゃはは。」
「う…そ…」
「あのサイレンが聞こえるだろう。ひゃはは」
夫の顔はすでに人の顔ではなかった。
その瞬間。もう一発強烈な衝撃が走り、気を失った。

 

「気づいたかよ。スズ」
見ると足から湯気がたっていた。皮膚がただれている。夫がやかんをもっていた。
熱湯を私の足に注いでいた。
「くぅ…」
「てめえが気を失ったら、俺の気が済まねえだろうがっ」
「や、やめて…。い、いっしょに、自首…しよう」
火傷の痛みもさることながら自分の顔面が変形していないかと思うほどの痛みだ。
口が開かずうまくしゃべれない。奥歯は4本とも間隔がなく鉄の味が充満している
殺されるかもしれない…。初めて命の危機を感じた。

 

「もうお前じゃ俺は満たされねぇ」
ひゃはは。突然何かが浮かんだらしく、あのいやな笑い声だけが頭に響く。

 

「すず。いいことを思いついたぞ」
私の顔をのぞきこんで、一言つぶやいた。
「お前の大事な俺の愛弟子を殺してやる」
「えっ」
「もう一度いってやるよ。お前の弟、●●●をぶっ殺す!!」

 

頭の脳神経がブチ切れた音がした。そう…はっきりと。
それからは何も覚えていない。
数分後私は夫の心臓に包丁が刺さっているのを見て、安堵のため息をつき、瞬間、再び気を失った。

 

第六章 CR-V