第9章 復帰

「シン。見て。あのマンボウ…。こんなに大きんだね」
「なんだ。玲香はマンボウ見たことなかったのか?」
「本物見たのは初めて。でも20pぐらいのかわいい魚だと思ってた」
「おいおい…」
実際はその10倍もあるマンボウが悠々と泳いでいる。

 

あの日から3か月。俺はパチスロを一日も行ってはいなかった。
今は水族館で玲香とデート中だ。
何気ないカップルの会話だが、俺にとっては新鮮だった。
今は玲香のマンボウを見たときの驚きの表情や俺を見返して恥ずかしそうに「なによ。シンの意地悪…」とつぶやく姿が、俺を幸せに導いてくれた。
そう。スロットをやめても、こんな平安な生活があるんだ。
「スロットをやらなくてもいいんだ!!」
どこかのロボットアニメの主人公のセリフが俺の頭に響いた。

 

「あぁ。楽しかった。シンも楽しかった?」
「そうだな。俺も久しぶりにゆっくりできたよ。」
遊園地内の水族館から出てきた二人は、ソフトクリームを食べながらベンチに腰かけた。
「シン。最近明るくなったね。」
「そうか?」
「うん。」
「少し前までは、いろんなことがあったんだ。清水や苅谷をうしなったり…」
「…」
しばらくの沈黙が二人の間を流れた。

 

「でも、なんかやっとふっきれた気がするんだよ。今思い出せば嫌な夢だった気がする…」
「ふふ。よかった。最近スロットもやってないの?」
「ああ。もうあんな無駄なことはしないよ。悪かったな。」
「ううん。立ち直ってくれさえすればいいの。」

 

「さて。」
俺はベンチから立ちあがった。そして玲香の手を握る。
「じゃぁ。最後はあれだ!!」俺が指差す。
「えーっ」
「約束だったよな。最後のアトラクションは俺に任せるって」
「でもー」
「はいはい。問答無用でございますよ。お嬢様。」
目の前にはこれでもかっ。とばかり宙返りの連続する絶叫マシンがそびえたっていた。

 

遊園地からの帰り道。
「タツヤ?」
「あぁ。タケ。何だ二人してデートの帰りか?お熱いことで…」
「ふふ。タツヤ君久しぶり。」
タツヤは見知らぬ女性を連れていた。
「二人は初対面だったな。…姉貴だよ。」
姉と呼ばれる女性が簡単に俺たちに挨拶した。
「…そうか。無事出所したんだな。よかったなタツヤ」
俺は挨拶を返しながら、心の中で呟いた。

 

俺はタツヤと歩きながら、後ろでタツヤの姉と玲香が話をしながらついてきた。
なんか妙な組み合わせだなぁ。少し気になった。
「なんだよ。一時期本当に心配したんだけどな」
「ああ。とりあえず俺の方は立ち直ったよ。お前のおかげで目が覚めた。」
「ならばもう大丈夫だな。」
「すまない。お前にも余計な心配させちゃったか?」
「いや。いいんだよ。」
「それはそうとお前の姉貴も出所できたのか?」
「まぁ。仮。ではあるけどな。」
「そうか。お前の方こそおめでとう。」

 

タツヤは俺をちらりと見て、屈託ない笑顔をみせた。
クールなタツヤが俺に向けた笑顔。初めてかもしれない。そう思った。
まさかこの笑顔が最初で最後になるとは…。
この時の俺は予想だにしなかった。

 

第十章 バースデー